ジュニの遺骨をどうするのか?~ついに迎えた、四十九日~
皆さん、こんにちは。
歩です。
本日は久々にブログの更新をする時間と気力がありまして、ほぼ半年ぶりになるジュニと私達家族の出来事を遡る形での手記を書いていこうと思います。
本日は、前回の記事の内容から数週間後の出来事、ついにジュニが虹の橋を渡ってから迎えた四十九日後の出来事について、書いていきます。
よろしければ、下記にお進みください。
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9月某日
ついに、ジュニが虹の橋を渡ってから四十九日が過ぎた。
ジュニの葬儀を担当してくれたHさんからは、もしジュニの遺骨を納骨堂に収めるのならば、連絡をくれれば対応してくれる、と言われている。
ただ、私も両親も、ジュニの遺骨を正直納骨する気にはなれなかった。
リビングの真ん中、こたつテーブルの上に静置してあるジュニの遺骨。
ジュニが虹の橋を渡っていってしまってからしばらくは、私も家族も相当に落ち込んで、ただただ時間だけが過ぎていくのを待つだけの日々を過ごしていた。
ジュニの葬儀を終えて、ようやく気持ちの中で一区切りがつき、ジュニの遺骨を持ち帰ってから、四十九日を迎える今日まで、遺骨に向かって、
「ジュニは、朝起きてくると必ず、おはよう、って言いにきたね」
「この時間は、決まってソファのあそこで寝ていたね」
「これは、ジュニの好物だったね」
とジュニとの多くの記憶を思い出しながら、話しかける日が続いていた。
そんなことを繰り返していたからかもしれない。
ジュニの姿がない現実に落ち込んで、涙することが少しずつ減ってきていた。
今思うと、遺骨になってしまったけれど、こうして話しかけていれば、ジュニは姿が見えないだけで、いつも傍にいてくれているんだ、と感じていたのだろう。
けれど、四十九日を迎えた今、ジュニの遺骨は納骨堂に収めるべきなのだろうか?
「ジュニがまだここにいる、そんな気持ちにさせてくれた拠り所であるジュニの遺骨、それが、明日から自宅にない」
そんなことを想像したら、急に胸が苦しくなった。
奇しくも、ここ数週間、ジュニの魂の気配を感じることが多くなっていた母と私にとって、ジュニの遺骨を自宅ではないどこかに持っていくこと自体、苦痛だった。
ダメだ。
そんなことをしたら、またジュニが騒ぐ。
「僕はここにいるよ!みんなと一緒にいたい!他のところになんか置かないで!!」
って、きっと言う。
そんな確信があった。
結果、家族内で話し合い、ジュニの遺骨はそのまま自宅に置いておくことにした。
どこか、自宅の一角にジュニの遺骨を置く区画を作って、そこを綺麗に飾ってあげたりするようにしよう、と話がまとまった。
葬儀を担当してくれたHさんにその旨を電話で報告すると、快く了承してくれた。
Hさん:
「実際、四十九日を迎えたけれどとても納骨なんてできない、自分が死ぬときに一緒にお墓に入れてもらう、という方が最近増えてきています。
愛犬の遺骨に対して、納骨するか、自宅に置いておかれるかは、それぞれのご家族さまの心情にそった形が一番ですので、こうするのが正解、というのはありません。
ご家族様が、ジュニちゃんの遺骨を置いておきたいと思われるのなら、それが一番いいことです。
だから、安心してくださいね」
Hさんの言葉にまた涙ぐんでしまった。
良かった。
ジュニ、これからもずっと一緒だからね。