お姉ちゃん、遊ぼ~弟は、フワフワ甘えんぼのビションフリーゼ~

30年以上ビションフリーゼと過ごしてきた回顧録です。日々の記録だけではなく、病院やトリミング、保険、その他もろもろについて、色んなご家族の方と情報交換がてら交流を持てたらいいな、と思っています。

【皆様へお知らせ】ブログ名を近々変えます!

皆さん、こんばんは。

歩です。

 

秋分の日も過ぎたというのに、中々涼しくならないですね~。

唯一の救いは新型コロナの感染者数が減って、緊急事態宣言が明けたことくらいでしょうか。

ただ、何がきっかけで感染者数が減ったのか、特定には至っていないようなので、皆さん引き続き、マスク、手洗いなど、感染対策を徹底して、新型コロナにかからないよう、注意していきましょう。

 

さて、タイトルにありますように、近々、ブログのタイトルを変えようと思っています。

というのも、ブログを立ち上げた当初、私の頭の中にあったコンセプトとしては、

 

  • 余命宣告を受けた家族の心境
  • 闘病生活記録
  • リンパ腫についての詳細

 

など、タイトルである「リンパ腫と診断された後、抗がん剤治療と向き合った記録」をメインにした形で続けていこうと思っていました。

 

そして、同じようにリンパ腫との闘病生活をしている方々の支えや、予防に役立つことができれば、という思いで、快方に向かっていたジュニの記録を書き進めていこうとしていた矢先、容態が急変したジュニは、虹の橋を渡っていってしまいました。

 

それ以後、私のブログのメインは、ジュニが虹の橋を渡る直前辺りまでの詳細や、葬儀のこと、あとはジュニの供養についてなどを記載していることが多く、タイトルと記事の内容がかみ合っていないな、と思うようになりました。

 

そこで、遅くとも来月には、このブログ名を変えようと決めました!

タイトルは、「お姉ちゃん、遊ぼ~弟は、フワフワ甘えんぼのビションフリーゼ~

 

昨年7月中旬に虹の橋を渡ってしまったジュニですが、実は現在進行形で、ジュニと私達家族の物語は続いています。

 

その経過も後々、新タイトルブログの元で更新していきますので、読者の皆さん、これからもどうぞよろしくお願いいたします。

 

許すまじ!悪徳ブリーダーの無責任な多頭飼育崩壊

皆さん、こんばんは。

歩です。

 

実は先週から、遅めの夏季休暇を取得しておりました。

とはいえ、まだワクチン未接種の身としては、どこかに外出するのは躊躇われるので、大人しく家でDVD見たり、ヨガやったり、1人カラオケの練習したり、と引きこもり生活ど真ん中で過ごしています…。

世の中は台風と新型コロナのダブルパンチですね。

ようやく新型コロナの新規感染者数が減ってきたとはいえ、まだまだ油断ならない状況、皆さんも引き続き感染には十分にお気を付けください。

 

さて、今日記事を書いたのは、数日前、あるニュースを目にしたことがきっかけです。

そのニュースとは…「長野県松本市の悪質ペット業者に家宅捜査」

 

警察に情報提供があり、動物愛護管理法違反の疑いで家宅捜査されたというそのペット業者は、前々から指導が入ったり、虐待が色濃く疑われていたらしいのですが、実態が明らかになってくるにつれ、

 

  • 保健所に「2つの施設で600匹」と届けていたが、実は「1000匹近く」だった
  • 麻酔なしで、帝王切開手術をしていた
  • 一生ケージ内で過ごしていたワンちゃんもいた

 

等々、目をそむけたくなるような酷い事実が次々と報道されていました。

その惨状たるや、獣医師に「災害級の動物虐待」と言わしめたほどです。

 

そのニュースを見た時、私と母はショックで、しばらく気分が落ち込むほどでした。

そんな劣悪な環境で生きてきたワンちゃん達が負ったであろう、身体的、そして何より精神的な傷を思うと、胸が張り裂けそうで、たまりませんでした。

 

前にも、新型コロナの流行で、安易な気持ちでワンちゃんや猫ちゃんを家族に迎えたけれど、

  • 「やっぱりお金が掛かるからいらない」
  • 「子供が飽きたからいらない」
  • 「手間が掛かるからいらない」

と、無責任極まりない飼い主が増えている、という記事を書きましたが、

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今回のニュースは、その内容をはるかに凌駕する、まさに地獄絵図を思わせるような衝撃的なものばかりです。

 

特に耳を疑ったのは、無麻酔・無資格で連日帝王切開を行っていた、という証言。

何で、こんな酷いことができるんでしょうか?

 

出産は、母体にも、そして生まれてくる赤ちゃんたちにとっても、命がけであることは、最早医療従事者のみならず、多くの人たちが周知のとおりです。

それは、人間だろうが、ワンちゃん猫ちゃんだろうが、その他の動物たちであろうが、同じです。

帝王切開は、自然分娩では危ない、と診断された時の最後の手段。

それでも、母体、胎児ともに大きな負担がかかるから、最大限にケアしてあげるべきなのに、

「無資格」の人間が、「麻酔無し」で帝王切開を「連日」?

 

ふざけるな!!!!! 

 

と、声を大にして、叫びたかったです。

人間でいえば、自分の腹を、他人がいきなり包丁などで切り裂いているようなもの。

こんなことをすれば、「痛い」なんてレベルじゃありません、下手したら普通に「死」に決まっています。

そんなことも、このペット業者は想像できなかったのでしょうか?

それとも、相手が「人間」じゃないから、「犬」だから、どうでもいい、とでも思っていたのでしょうか?

 

いずれにしても、最早、人間ではなく、悪魔の所業だと思いました。

 

捨て犬や捨て猫などの保護活動や、飼育崩壊、飼育放棄に対する意識が高まり、テレビやCMなどで取り上げられる機会が多くなったとはいえ、摘発されるのはまだまだ氷山の一角なのでしょう。

 

ヨーロッパやアメリカからみれば、日本は、「ペットに関しては、三流国家」と言われている。

その意味が、事実として突きつけられているようなこのニュース。

 

日本が、一刻も早く、こんな不幸な目にあうワンちゃんや猫ちゃんたちを始めとする多くの動物たちに優しい国になれるよう、心から祈ると同時に、今回、保護されたワンちゃん、そして摘発前に移送されたと思われるワンちゃん、全てのワンちゃん達の悲しみと痛みが、少しでも癒されてほしいと思っています。

 

ジュニの一周忌を迎えて

皆さん、こんばんは。

歩です。

 

新形コロナのデルタ株の感染者が増加の一途をたどっていますね。

私の職場でも、ご家族に新型コロナウイルスの陽性反応が出たという方が何名かいらっしゃって、じわじわとその脅威が迫りつつあるようで、空恐ろしいものを感じています。

皆さんは、ワクチン接種は完了しましたか?

まだの方も、接種済みの方も、基本的な対策を忘れず、感染予防に努めていきましょうね。

 

さて、これまでのブログ記事を通して、私の愛犬であり、弟でもあるジュニが、リンパ腫と診断され、1か月の闘病生活の甲斐なく急逝し、お葬式を上げたところまでの全ての過程を書き上げました。

 

そして、気付いたらこのブログを始めて1年以上…それは同時に、ジュニの一周忌を迎えたことにもなります。

 

前回のブログ記事を書いてから、これまでに書いてきた記事を読み返してきましたが、正直、ジュニの四十九日を迎えるまでの記憶がかなり曖昧で、あの頃どう過ごしていたのか、はっきり思い出せずにいます。

 

この当時、私は転職活動中だったにもかかわらず、ジュニの急逝に対するショックが大きすぎて心身に変調をきたし、ほぼ1か月半近く一時的に転職活動を休止してしまうほどでした。

 

辛うじて思い出せるのは、ジュニに供えるお花を定期的に購入していたこと。

ジュニとナナの写真が、2人そろって飾れる写真立てを購入したこと。

スマホやカメラを起動して、その中に収めていたジュニの写真や動画を繰り返し見ていたこと。

ジュニの闘病生活を、記憶が薄れていく前に少しでも記録に残しておかなければ、という思いで、ブログを書いていたこと。

両親と、ジュニが来てからの思い出で、

「こんな時、ジュニはこうしていたね」

「いつもならこの時間、ジュニはお昼寝していたね」

「この場所は、お散歩コースでの、ジュニのお気に入りだね」

と、話していたこと。

それ以外のことは、殆ど思い起こせません。

 

今思えば、四十九日は私達家族が、ジュニと過ごした時間を振り返り、懐かしみ、そして、「ジュニが、私達家族と過ごした時間がどれだけ尊いものだったのか」を再認識するために、必要な時間だったのだと思っています。

 

この間、母と昨年の出来事を振り返っていたのですが、母も昨年の今頃、どのように過ごしていたのか、はっきり記憶がないそうです。

 

「四十九日までは…」「秋彼岸までは…」

と、ペット霊園のご供養のお知らせが来るたびに、その一つ一つの区切りまで、何とか頑張ろう、と自分に言い聞かせていた、と言っていました。

 

ジュニが虹の橋を渡ってから、もう1年が経ちますが、今でもジュニのお骨は我が家にあります。

私達家族全員が、お骨だけとはいえジュニの身体だったものが家にない、と考えるのがとても寂しくてたまらない、と感じること、

また、ジュニの葬儀を担当してくれたHさんが、

「無理に納骨堂に収めようとせず、ご家族の皆さんがそうしたい、と決めた時に、

ジュニちゃんのお墓を作って、お骨を収める形でいいですよ。

私が担当したご家族の中にも、そういう方はいらっしゃいますので…」

とアドバイスをくださったこともあっての決断です。

 

明後日は、ジュニの一回忌と秋彼岸法要が行われるので、また行ってきます。

【愛犬のお葬式】告別式を終えて

皆さん、こんばんは。

歩です。

 

相変わらずの亀更新にも関わらず、読みに来てくださっている方、ありがとうございます。

中々返信を返せずにいますが、皆様からの温かいコメントは全て目を通しております。

 

ここのところ、夏バテと暑さによる寝不足で疲労が蓄積していたらしく、ついに一昨日体調不良でダウンしました…。

新型コロナじゃなくて良かったです。

皆様も体調のほう、お気を付けください。

新型コロナから身を守るためにも、当面は引きこもり生活続けます。

幸いにも、仕事は7割がたリモートなので、そこだけはありがたいと思っている今日この頃です。

 

さて、間が空いてしまいましたが、前回まで、我が家の愛犬、ジュニのお通夜と告別式の様子を書いてきました。

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今回はその後、告別式を終えた後のことを、少しだけ書こうと思います。

心情的に辛い、と思われる方は、ご注意ください。

では。

ジュニの火葬が始まって、お坊さんによるお経が終わった後。

お骨上げまでは約1時間ほどかかる、というので、私達はHさんの車で近くにあるペット霊園の社務所で休ませてもらうことになった。

 

パンフレットで見てはいたものの、実際にペット霊園というものを目にしたことがなかった私は、率直に言って、到着した時には驚いた。

 

霊園にある石碑は、軽く見積もっても数100は見え、それぞれに名前が刻まれている。

周りにはお花や写真が並べられ、定期的に手入れがされているのが少し見ただけでも分かった。

 

霊園の一番高い丘の上には、霊園に眠る多くの動物たちを見守っているかのように、大きな金色の阿弥陀像が立っている。

静かで、多くの動物たちとその家族の思い出が温かく眠る場所。

そんな霊園だった。

 

霊園のすぐ傍の社務所では、亡くなった愛犬や愛猫のためのグッズが色々販売されていた。

骨壺をいれる袋や、位牌、写真立て、お線香などなど…。

両親が、ジュニのお骨が入った骨壺の袋をどれにするか相談しているのを聞きながら、私は、先代ナナを火葬した時のことが思い出していた。

 

15年前のあの当時としては、ナナにはやれるだけのことはやった。

けれど、お通夜や告別式なんかなかったし、ジュニみたいに棺にも入っていなかった。

 だからなのかもしれない。

 

私; 

「ねえ、ジュニの位牌もそうだけど、ナナの位牌も新調しよう。

あのままじゃ、ナナが拗ねちゃうよ。僕の時には、こんなのなかったよ…って」

 

ナナの位牌は、当時としては珍しく、ペットの永代供養を行ってくれていたお寺のお坊さんに作っていただいたもので、白木のものだった。

もう15年も前なので、すっかり色は褪せてきたものの、今も大事にとってある。

 

ただ、Hさん曰く、白木の位牌は、あくまでも正式な位牌ができるまでの仮のもの。

位牌は、天国へ逝った魂が家族の元に帰ってくるための、目印や玄関口みたいなものなのなので、ちゃんとしたものを用意してあげたほうがいい、とアドバイスを頂いたこともあり、私達は、ナナとジュニ、2人の位牌を新たに新調した。

 

完成は1週間後。

それまでは、ジュニもナナと同様、白木の位牌を通して、魂として家に帰ってくる形になる。

新しい位牌ができるまで、ナナ、ジュニ、もう少し待っててね。

 

そう思った。

 

それから約40分後。

ジュニの火葬が終わった、との連絡を受け、私達は再び火葬場へと戻った。

お骨上げのためだ。

 

Hさんに案内されて、ジュニのお骨を見た時、正直もっと、激しく取り乱すかと思ったけれど、この時の心境は、ただただ静かだったのを覚えている。

 

最初に母、次に父、最後に私の順で、一つずつ説明してもらいながら、お箸でつまんで丁寧に骨壺に入れていった。

 

ジュニの骨は綺麗だった。

リンパ腫に蝕まれていたとは思えないくらい、歯も爪も、関節をつなぐ細かい部分も、全てが目視ではっきり確認でき、お箸でつまんでも分かるくらい、しっかり芯が残っていた。

 

 

身体の基礎は、しっかりできていたんだな…道理で、足腰が丈夫な子だったはずだ。

先代のナナ以上にジャンプ力があって、お散歩も毎日30分は行かないと気が済まないくらい、元気な時は活発な子だった。

抗がん剤投与による経過観察中、T先生に、「散歩は控えるように」と言われていた為に、あまり散歩に行けず、少し不満そうにしていたくらいだ。

治っていれば、きっと今頃はまた、「お散歩連れて行って!」とせがんでいただろうに…その姿も、もう記憶の中でしかない。

 

骨壺に綺麗に全てのお骨を入れて、白地の袋に入れた後、私がジュニの遺影、母がお骨を持つ形で、私達はHさんに車で家まで送ってもらった。

 

前日に、お通夜のために持ってきてもらった祭壇セットは1週間貸し出ししてくれるという。

回収にくる時に、ジュニとナナの位牌を持ってきてくれる、というので、私達はお言葉に甘えることにした。

 

ジュニ、お疲れ様。

お骨だけになってしまったジュニに、私はそう呼びかけた。

後は、49日と100日と…その先は、どうなるのか、どうしていくのか、まるで見当がつかないけれど…とりあえず、私達がすべき、ジュニのお葬式は、これで、ちゃんとしてあげられた。

 

これは、1つの区切り。

また、明日から新たな日常が始まる。

今までとは違う、ジュニのいない日々が。

明日になったら、また折り鶴を折ろう。

ジュニへの供養を込めて。

そう思った。 

【愛犬のお葬式】ジュニを天国へ送るまで~後編②告別式~

皆さん、こんばんは。

歩です。

 

早いもので世の中は夏休み突入、そしていよいよ東京五輪が始まりましたね。

ただ一方で心配なのが、新型コロナの爆発的感染…こんな状況下で、果たして無事に終わってくれるのか、目下そこを心配している今日この頃です。

 

さて今回は、前回に引き続き、ジュニのお葬式の後半、告別式の様子について書いていきたいと思います。

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愛犬を亡くされた過去のある方には、辛い内容になっているかもしれませんので、ご注意ください。

では、どうぞ。

お通夜を終えた翌日。

予定通り10時に迎えに来たHさんの車に、ジュニの身体が入った棺を乗せ、私達はペット霊園の総本山に向かった。

 

およそ30分後で火葬場に到着し、Hさんが、棺ごとジュニを運び入れると、そこでは既に昨日お通夜に来てくれていたお坊さんが待機していた。

一礼をし、ジュニの遺影を仏壇にセットしてもらう傍ら、私達は、棺の中で眠るジュニの周りにお花を供えた。

カラフルな千羽鶴とお花に包まれると、ジュニの真っ白な毛並みがいっそう引き立って見え、

「ああ、ジュニって、こんなに綺麗な子だったんだな…」と改めて思った。

 

父が、週1でお風呂に入れ、よくブラッシングしてくれていたおかげだった。

まさか、最後にお風呂にいれてあげた直後に、容態が悪化し、その2日後に逝ってしまうなんて、父も思っていなかったに違いない。

この告別式が終わるまでの数日、私や母の前では泣かなかった父だが、夕食後や休日などに、ふらっと1時間ほどいなくなる時があった。

後で知ったことだが、父はこの時、ジュニと毎週行っていた散歩コースを、1人歩きに行っていたのだという。

ジュニの散歩係はいつも父で、もうルーティンとなっていたその外出がなくなってしまったことが、寂しくてたまらなかったんだろう。

 

準備が整い、お坊さんが火葬前の最後のお経を唱え始めても、私にはその声が、ただただ、耳を通り抜けていくだけだった。

いよいよ、これが最期…今世での、ジュニとのお別れの時。

お経が終わり、最後の挨拶をかわす時、私は、棺からジュニの頭だけを持ち上げ、抱き寄せた。

 

「ジュニ、今までありがとう…絶対に、忘れないからね、ジュニのこと…っ!」

 

心の中で、そう叫んだ。

本当は離れたくない。離したくない。

でも、時間は止まってはくれないのだ。

傍で控えていたHさんは、私達家族がそれぞれ最後の挨拶が済むのをじっと待っていてくれた。

 

Hさん;「もう、よろしいのですか?」

母;「はい…済みません、続きを進めてください…」

Hさん;「畏まりました。では、ジュニちゃんの棺、閉めさせていただきますね」

 

ここに来る道中に伺っていた話だと、この後にも4件くらい、告別式の予定が入っているという。

時間的にも押しているようだったのに、

「どうか、こころゆくまで、ジュニちゃんとお話しなさってください」

と、私達を労わってくれた。

本当に、ジュニを見送るにあたって、このペット葬儀業者に頼んでよかったと思った。

 

Hさんの手によって、棺の蓋が閉められ、取り付けられた小窓越しに、ジュニの顔を見つめる。

ありがとう。忘れないよ。

何十、何百と心の中で叫び続け、今この瞬間、ジュニの姿かたちを目に焼き付けておくことに、全神経を注ぐ。

その時間は、おそらく数10秒もなかったはずなのに、時間の流れが止まったかのように感じていたことを、今でも覚えている。

 

そして…気力を振り絞り、1歩。

また1歩と、少しずつ後ろ向きに下がる。

その度に、ジュニの顔は段々遠くなり、見えなくなっていく。

 

(ダメだよ、ジュニを置いていくの?)

(ジュニの傍にいなきゃダメだよ!)

 

そう叫ぶもう1人の自分を必死に抑え込む。

ジュニとの今生の別れの、最後の時間を、1秒1秒、自身の記憶に、心に、刻み付けながら、歩を進め、とうとう私の視界から、ジュニの収められた棺は見えなくなった。

 

 

歯を食いしばり、拳を握りしめて外に出ると、先に出ていた父が待っていた。

これから火葬するにあたって、火入れの瞬間、またお坊さんがお経をあげてくれるので、ここで待っているように、と指示があったという。

最後にジュニとお別れを済ませた母が戻ってきて数分後、Hさんがやってきた。

 

 

Hさん;

「これから、火を入れますので…そろそろ、煙が見えてくると思います。

火が入りましたら、鐘がなりますので、そうしたら、お坊様のほうでお経をあげていただく流れになっております。

ジュニちゃんの魂が天国へ迷わず昇っていけるように、手を合わせてあげてください」

 

ナナの時と違うな、と思った。

ナナの時は、最後の挨拶をした後、何の合図もなく、ただナナが火葬されているであろう場所を見つめながら、火葬が終わったという知らせを境内で待つだけだった。

こうして、火を入れ、ジュニの魂が昇っていく瞬間まで弔いのお経をあげてくださるとは、10数年も経つと変わるもんだな、と他人事のように思う。

 

でも、それでふと気が付いた。

そうだ。向こうには、ナナがいる。

好奇心旺盛で、姉弟して張り合いながら大きくなって、甘えん坊で私達家族が大好きだった私の1人目の弟。

向こうに逝っても、ジュニは1人じゃない。

そう思って少し気が楽になった時、鐘の音が聞こえた。

火入れの合図。ジュニの火葬が始まったのだ。

 

Hさんが手で指示した方向に、煙が上がっていくのが見えた。

今、まさにジュニが火葬され、天国へと魂が還っていっている。

ナナ、どうかジュニを導いて。

お経を唱えてくれているお坊さんの声を聴きながら、私はひたすらに祈っていた。

 

ジュニ、どうか安らかに。

ありがとう、私達の家族になってくれて。

楽しい時間を一杯くれて。

絶対、絶対、忘れないから。

先に向こうに逝ったナナと一緒に、待っててね。

いつか、お姉ちゃんもそっちに逝った時、2人で迎えに来てね。

 

後少しだけ、続きます。

【愛犬のお葬式】ジュニを天国へ送るまで~後編①お通夜~

皆さん、こんばんは。

 

いよいよ東京五輪の開催!…と言いたいところですが、何だか世の中わちゃわちゃしてますね。

バッハさんも何を思って、「今までで最も準備ができている」と言っているんでしょうか…それは、五輪が終わった後、何事も問題がなかった場合に言うべきことだと思って、若干イライラしている今日この頃です。

 

さて、今日はいよいよ、前々回、前回に続いて、ジュニのお葬式の最終編です。

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 ジュニのお通夜から告別式までの流れと、当時の私達の心境を追って書いてありますので、心情的に辛いという方はご注意を。

 ジュニが虹の橋を渡ってから2日後。

今日は、ジュニのお通夜を、我が家で行うことになっている。

お通夜の1時間前に、仏壇の設置や、ジュニの棺の準備などをするため、手配した業者のHさんという方が、やってきた。

 

Hさん;

「この度は、ジュニアちゃんのご冥福を心よりお祈りいたします。

ご家族の皆様にとって、悔いのないお葬式になりますよう、サポートさせていただきますね」

 

そういって、挨拶してくれたHさんは、自身もトイプードルを飼っていらっしゃり、過去には先住犬の葬儀も行った経験もあるという。

その為か、雰囲気がとても優しく、ジュニを喪って失意の中にいる私達の心を慮って、かけてくれる言葉の一つ一つが、悲鳴を上げていた私の心に慈雨のように降り注いできた。

 

Hさんは、準備を始める前に、リビングのソファに横たわったまま、安らかに眠っているジュニに手を合わせて、挨拶してくれた。

 

それから、Hさんが仏壇と手のひらサイズのお釈迦様像など、お経をあげるのに必要なセッティングを粛々と進めていく傍ら、私達も各々、ジュニのためにできる最後の用意をしていた。

 

父は、ジュニの身体を綺麗にブラッシング。

母は、虹の橋を渡っていくジュニが途中で食べられるように、と生前ジュニが好きだった、母手製のカボチャコロッケを始めとしたお供え物の準備。

私は、仏壇に置くためのジュニの遺影と、お供え用のお花、そして時間の許す限り、折り続けた250羽近くの折り鶴達の用意。

 

そして、仏壇のセットが終わるころ、私達はHさんが持ってきてくれた、白木の棺へと、ジュニの身体を収めた。

 

そして、両前足の間に、三途の川の渡り賃になる六文銭、魔を打ち払うための御神刀、母手製のカボチャコロッケを始めとしたご飯、そして…私達家族3人からの感謝の手紙を挟むように入れる。

 

最後に、家族全員で、ジュニの周りを囲むように、私が折った250羽以上の折り鶴達を散りばめた。

この鶴たちが、ジュニが虹の橋を渡る時の助けになってくれますように。

甘えん坊だけど、優しくて頑張り屋なこの子が、迷うことなく、天国へいけるように、どうか導いて、との祈りをひたすら込めた。

 

そうして準備が整ったころ、お坊さんが我が家に到着し、に私達人間の一般的なお葬式と変わらない、ジュニのお通夜が始まった。

お経をあげてもらい、お線香をあげる中で、私はぼんやり、ジュニを見つめていた。

 

明日は告別式。

明日の今頃は、もう、ジュニの身体は火葬されてしまって、お骨だけになってしまう。

寂しいなあ…本当に、寂しいなあ……

その感情が溢れて止まらない。

 

お経が終わり、お坊さんとの挨拶が済むと、Hさんがこの後の流れを説明してくれた。

明日は告別式。

Hさんが会社の車で、私達家族と同道させる形でジュニを火葬場に運び、告別式を行う形になるという。

場所は自宅から高速で20分ほど行ったところにある、ペット霊園の総本山だ。

 

Hさん;

「明日は、ジュニちゃんの告別式を取り行います。

10時にお迎えにあがりますので、どうか、今晩、悔いのないように、ジュニちゃんとの時間を過ごされてください」

 

これが、ジュニの身体が我が家にある、最後の夜。

ちゃんと、天国へ送り出すまでが、飼い主の、家族としての責任。

正直、重い。つらい。苦しい。悲しい。

そして、何より明日以降の日々、ジュニがいないことが寂しい。

でも、それが、「自分たちよりも寿命の短い動物を、家族として迎える」ということ。

14年前、ジュニを迎えた時、いつか、この日が来ることは、分かっていたのだから。

【愛犬のお葬式】ジュニを天国へ送るまで~中編~

皆さん、こんばんは。

歩です。

 

線状降水帯の発生で、大雨の被害が酷いですね…

特に静岡のほうでの土砂災害など、もはや地獄絵図に近い気がします。

母は、ネットニュースで流れる動画を見ながら、

「あの土砂災害で死者や行方不明者が発表されているけど、亡くなったワンちゃんや猫ちゃんもきっといるよね…」

としみじみ呟いています。

どうか、少しでも多くの命が救われることを願ってやみません。

 

さて、前回は病院で亡くなったジュニを引き取って、タクシーで帰宅するところまで書きました。

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 今回は、ジュニを引き取ってから、お葬式当日直前までの流れを書こうと思います。

前回ほど、乱文にはなっていないとは思いますが、一応ご注意を。

読んでくださる方は、下からどうぞ。

動物病院からの帰宅の途は、あっけないくらい短かった。

往路では、あんなに混んでいた渋滞も、嫌がらせかと思うほど引っかかった信号も、全くなかった。

それが、今は空しくて仕方がない。

 

私;「ジュニ、お家に帰ってきたよ…お帰り、よく、頑張ったね…」

 

母がタンスから引っ張り出してきた、ジュニのお気に入りの服を着せ、ジュニが好んで使っていた枕があるソファに横たわらせると、本当に、そこでジュニはただ眠っているだけのようだった。

それくらい、穏やかな表情だった。

もう、苦しくもない。しんどくもない。

けれど、もう二度と、撫でてあげても、声をかけても、応えてくれない。

明日からは、もう、ジュニのために慌ただしくご飯を準備することも、お散歩に連れていくことも、洗ってあげることも、する必要がない。

そう思うと、ジュニと過ごした時間の濃さを改めて実感し、それが失われてしまったことに、涙が止まらなかった。

それから数時間…正直、どうやって過ごしていたのか記憶がない。

唯一覚えているのは、ジュニのために、5センチ四方の折り紙で、ひたすら千羽鶴を折っていたことだけ。

1羽1羽心を込めて折ることが、ジュニへの鎮魂になる気がして、母と二人、黙々と作業を進め、時々ジュニの身体を撫でる、そんな時間を過ごしていたような気がする。

 

 

そして、19時頃。

いつものように、父が帰宅した。

でも、そこにもう、先週まで当たり前にあったジュニの出迎えの姿はない。

 

父;「ジュニ、お前、よく頑張ったな。今まで、ありがとうな」

 

後で聞いた話だが、朝、出勤した時に見たジュニが、最期の姿になるなんて、父も思っていなかったらしい。

その後も、私達は夕飯を取る気にもならず、ただジュニを喪った悲しみと向き合い続けることしかできなかった。

 

けれど、いつまでもこうしてはいられない。

飼い主として、家族として、私達がしなければならないことが、後1つ残っている。

それは、ジュニのお葬式。

この先のジュニがいない時間を考えたら、途方もなくしんどいけれど。

家族として、楽しい時間を与えてくれたジュニにちゃんとしたお葬式をしてあげなくては。

そう、私達は気持ちの区切りをつけた。

 

病院で渡されたペット葬儀のパンフレットを見ながら、私達は、業者さんとお坊さんが直接自宅に出向いて、仏壇をセットし、通夜と告別式を行ってくれるというコースを選んだ。

ジュニの最期を看取れなかった分、せめてお葬式は時間をかけて、家でゆっくり見送ってあげたい、と私が強く主張し、両親もそれに賛同したからだ。

 

 

翌日。

殆ど眠れなかったものの、私はジュニの遺影とお花の購入に、母はペット葬儀さんへの手配を行った。

 

その結果、ジュニの葬儀は2日後に決まった。

ジュニの柔らかな感触も姿かたちも目にできるのは、あと2日しかない。

ジュニ、もう少しだけ。

もう少しだけ、私達と一緒にいてね。